2017年11月30日木曜日

「我」とは

「理性=ことば」であると気付いた瞬間、哲学上の問題が一瞬でほぼ解消してしまう。
「我」とは何なのか?「コギト」は理性である。
ことばで考えているのだ。
「考えるな、感じるんだ」ってのはよくあるセリフだが、大体において、考えても答えが出ない時は、考えるのを止めるのが一番、だと経験則で知っている。
散歩したり、風呂に入る。そして寝る。(笑)
やせ我慢でも、嫌なことでも、笑ってりゃ大概のことはどうにでもなる。
「我」は「コギト」のみの存在ではない、爪の先から脳みその中までが「我」なのだ。
「ことば」に出来ること。それは経験を外部に取り出すことだ。
「ことば」に出来ること?価値判断?行動の選択?理性的に考えた行動が良い結果を生むとは限らない。
未来がどうなるか?などということは、誰にも分かりはしない。
かと言って感情に流されることが正しいわけでもない。
「正しく考えること」と「正しく感じること」、結果が同じならどっちでもいいじゃん。
「理性的に考える」事にも限界があろう。
所詮「ことば」なのだ。
「理性=ことば」は「我」の一部ではあるが全体ではないのだ。

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