2017年11月19日日曜日

いじめの構造

考えるきっかけになったのは、
あるネット上で、ある生徒の、いじめられる側にも問題がある、という発言を目にしたからです。
その子がいうには、なんでいじめられる人はいじめられないようにする努力をしないのか、私はしている。
というものです。どう思います?まじで寒気がしました。
別にその子が間違っているから、という訳ではありません。
いじめられないようにする努力
どう考えれば良いか、言葉を失ってしまいました。
そんなことをしなくちゃいけない自分になんの疑問も持っていない状況、を恐ろしく思うのです。
現代のいじめはどうなっているのか?
とういうところからの疑問です。

いじめをやめましょう。という教育は当然してるでしょう、こんな時代だし。
どんなことしてるかは、全く知りません。
いじめは良くない、やめましょう、って生徒で話し合いでもさせてるんですかね?
いじめられる子の気持ちを考えましょう、とかって。
不倫は良くない、やめましょう。(笑)
問題を解決する時は
何が起きているのか?
なぜ起きるのか?
どうすれば防げるのか?
これしかないですよね。
で、学校の現場でその取り組みは行われていないのか?と疑問に思った訳です。
これだけシンプルに分解できるのに、
その認識がないとすれば
もう学校なんか行く方が害悪な気がしてきました。
実際カミさんはそう言ってますが。
つーか、いじめ対策をしている高学歴の方々はそんなこともわからんのですか?
相変わらず一部の現場が単独で頑張ってるだけなんですかね。

まず何が起きているのか?ですが
「いじめ」は起きています。日常的に。
最近は力の暴力は少なくなったのでしょうね。
その代わり、より陰湿になり、言葉の暴力(直接、間接)やシカト、をするようになったんですね。
方法はなんでも良いんですが
要は、その人が傷つく、ことが目的ですね。
その点は今も昔も同じです。
怪我しない程度であれば、そっちの方がマシかもしれません。
陰湿ないじめの困ったところは、
「頭の良い人達が、自覚のないままにやった方が効率が良い」というところです。
効率があまりにも良いから、あっというまに「死」にまで追いやるんです。
なんでいじめをするのかは、
「ストレス解消」(自覚はあったりなかったり)
シンプルすぎて悲しいくらいです。
それ以外の理由思い付きます?
いじめにあって死のうとしてる人に教えてあげたい。あなたは他人のストレス解消のために死ぬの?って
バカバカしくて死のうと思わなくなると思うなぁ。

次にいじめの構造なんですが
いじめは、多数が一人(少数)を傷付けるという形態をとります。例外なく。(それがいじめの定義なんだけどさ)
なんでそうなるかは農耕民族の悲しい性でしょう。
1対1はいじめじゃなくてケンカです。欧米には決闘文化がありますね。
ちょっと昔、いじめが問題化する前はいじめはケンカの一種だと思われていたのではないでしょうか?
ケンカに負けて死ぬ人はいません。むしろ殺す側になる。(ルール違反ですが)
つーかケンカした後は前より仲良くなる場合すらある。対等な対立は健全なのね。
で誰がいじめの対象になるのか、ここが問題。
誰でもいいんです。なにせストレス解消が目的なんですから。
この「誰でもいい」という部分が「いじめ」の最大の問題点です。
いじめられ易いタイプはあります。暗かったり、容姿だったり、成績だったり。
だけど全部本人の責任じゃない部分なのです。全部単なる個性なのです。
最近では「モテる」人がいじめに合うらしいですよ。
同調圧力っていうやつでしょうか。
とにかくいじめの対象ってのは、個性のある人に向かうんです。
いじめられなくなる努力、ってのは、個性を無くす努力、ってことなんですね。
その人がいじめる側に取り込まれるか、いなくなってしまうとどうなるでしょう。
なんと集団というのはまた次のターゲットを探し出すんですね。
鋭い感覚で「個性」を探し出すのです。誰だっていいんですから。
だからますます皆いじめられないためには個性を出さない自己主張しないというふうになっていきます。
特に中学生あたりの年代は、自我が芽生えてくる。異性が気になり始める。大人が信用できない。受験を意識する。
とにかくストレスが溜まり易いし解消法もまだわからない人達が一箇所に集められて狭い空間にいる。といじめが起きるようになっているのです。
軍隊も必ずいじめがあるみたいですよ。
だから俺は集団というものが嫌いなんです。(俺の場合ちょっと病的ですが)

今のところの考察はこんなもんです。
まとめると
(特に思春期の)集団は自分達のストレス解消のために集団の中にスケープゴートを(わざわざ)作り出して
いじめを行うものだ。
って、当たり前っちゃ当たり前の話なんですが、
あんた達は(幼稚な)集団と付き合うのが仕事なんだから、先生はみんなそれを前提にしてもらわなきゃ困る、ってことです。

さて、どうすればいいのか?

というのが今後の考察です。

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