哲学の古くからの問題に「決定論」と「自由意志」がある。これ自体は哲学をかじったことのある人間は誰でも遭遇する問題だと思うが、僕はこれをかなり早くから切り捨てた。「答え」が出ても出なくても現実は何一つ変わらない問題だと思ったからだ。最近、それを問う人を見かけたので、改めて整理して見た。今から「ラメーン」を食べるか「カレー」を食べるか?自分で決めた気がしようが、何者かに決められた気がしようが、現実はどっちかを喰う、しかないんだよ。だとしたら、「自由意志」なんて大層な名前で呼ぶのが間違い。これも「言葉」のいたずらに過ぎない。なんかやればなんか起きる、それだけのことだ。そこに意志があるかないかは結果に何の影響も及ぼさない。あんたは自分で自分の人生を選んだと感じているかい?実は「どっちでもいい」ということに気付いていない人が意外と多いかもしれない。自由意志はあるんだが「必要」はないのだ。